2010-10-31

新たな競争力って??

大手企業の収益が改善されているらしいが、実態は海岸移転をしているからでそれが雇用の創出には結びつかない。また、下請け企業にとっても何の意味ももちません。

21世紀というのは国際間の厳しい競争にさらされるから、同じものを作るのであれば何も日本で作る必要はないです。世界の市場がひとつになることも避けられないでしょう。世界がひとつに、というのは美しく聞こえるが世界のすべてが競合になり、世界にポテンシャルがあるということです。
円高も避けられないでしょう。世界最大の資産を持つのが日本です。幾ら景気が悪かろうとなんだろうと、一時退避だろうがなんだろうと、安全だからお金が集まる。これはもうしょうがないわけです。

既存のものはどんなに新製品開発をしてもこれまでの延長戦上に過ぎず、そうしたものは価格競争にさらされます。これまでとは考えられないくらいの価格になります。

それで、日本の競争力って何か?日本の大手企業は業績が悪くても資産は莫大です。体力のある今のうちに、こんな突拍子も無いことをやってしまうこと。
もう全ての常識を覆すことにあるわけです。



このGREEN FLOATも実際にはそう綺麗にはいかないと思います。技術的には解決するのでしょうけど、誰が警備をするのか?防衛と言う観点がどうなのか?私には気になります。「どこかの国に属してはおもしくない」と言っても、新たなフロンティアを開拓していく過程においては血なまぐさいことも起きるでしょう。

でも、こういう発想をしてこそでしょう。
バブルな時代にはたくさんの構想が建築会社から発表されましたけど、実現性と言う点では???でした。
しかしGREEN FLOATの場合は「まあ今の技術なら有り得るよな」という現実感を想起させることがポイントですよね。
新たな市場を作ろうと思ったら、根本的に異なること、言い換えれば「憧れ」を持てるものを提示しなければならないわけです。

しかし、一方で新興国のようなところは後発の利を得つつも、今の日本のような技術は不要だったりするわけです。旧い技術で十分だったりします。

マーケティングも同じです。
私は今年冒頭で、これからは二つの市場が発生すると言いました。
ひとつは、新たな価値観に基づく市場。これは20世紀の方法をことごとく破壊していく。
もうひとつは、これまでの価値観を残しながら少しずつ新市場に慣れていくための切り替え市場。


新たな競争力とは、こういうことを意識していくことが大事です。

記入してください

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クリエイティブ新時代

広告制作会社の人たちやデザイナーに聞くと決まって出てくるのが「価格が下がった」「時間が無い」「要求が複雑になっている」というのを求められており、これは大きな悩みなようです。「最近はイラストレータを素人が持っているから、プロと素人の差をアピールするのが難しくなっている」とも言う話も。

提供する人が多くなれば値段は下がる、経済の原理の通り。かつて広告というのはテレビ、新聞など限られた媒体しか無く、広告を出すのは多くは大企業だったから、自然と扱う金額も多くなった。

しかし今は、「広告じゃ飯を食えない」そんな話も耳にします。

ものを伝えるのに、WEBなど既存の広告メディア以外の方法が莫大に存在します。企業の数も莫大。専門家の数も莫大。一方で日本の国内市場は小さくなっていくのですから広告じゃ食えなくなるわけです。

これに輪をかけているのが私が専門とするダイレクトマーケティングなのではないかと。テストが必要、パーソナライズが必要と言っても、テストをするからって二倍の制作予算が下りてくるわけではありません。

これって矛盾してね?

私が最近教えることよりも、仕組みを作ることに力を入れているのはそれが理由です。既に多くの人が通販やらダイレクトマーケティングに関わっている以上、もう教える段階じゃないなと。

そう、テストをしたくも、パーソナライズをしたくても、作る人が「それで稼げる」と思わなければ誰もやらないのです。
そこで私は、クリエイティブ制作の単価をこれまでの3分の1、4分の1に抑えて、かつ制作者にお金が落ちて行くような仕組みを考案中です。

この取り組みはダイレクトマーケティングに関わらず、これまでチラシを作りたくても作れなかった会社、事業所、人々にも貢献できるようです。
A41Pのチラシを作ろうとしても、4万も5万もするのなら、依頼したくても出来ない。PowerPointの使い方を習ったところで誰もが見栄えのいいものを作れるわけじゃない。

商品が多彩化して、多くの競合商品が存在している現状からも、広告制作費は下げなければならないのです

これからの時代は、動画、WEB、紙の境界線がなくなtっていくでしょう。かつメディアの数は膨大になる。デジタルサイネージなんていうのが普及していったら町中広告だらけになるわけです。
伝えるものの数が増えれば増えるほど、「下手な玉も数打ちゃ当たる」じゃありませんが、これはもうマスメディア以上のマスメディアの時代で、たくさんのクリエイティブを量産しなければならない時代へと突入したのです
また、値段が下がれば、これまで一つの活動しか出来なかった会社(人)がもっと数多くの活動が出来るようになるわけです。

メディアの多様化、CRMやらといったものの要請から、クリエイティブはパーツ化していきます。このパーツ化を実現させるためにも、クリエイティブは量産化の時代に突入するわけです。
価格は下がるけれども、市場は大きくなるわけです。

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2010-03-20

twitterと広告の効果について

視聴率、発行部数 などがこれまでの広告効果の指標でありました。これは正比例を意味します。10%の番組よりも20%の番組に広告を出せば倍の広告効果があり、100万部の印刷媒体によりも200万部の印刷媒体に出せば、やはり広告効果が出てきます。この場合の広告は、「見た=つまり、リーチ」です。

これまでの広告の法則は

広告の効果(リーチ)は、広告の投下量に正比例する

だから大きな音を出したり、何度も繰り返しをしたり、タレントを出したりするのが有効なわけです。簡単にいってしまうと目立つこと。
ただし細かく言いますと、ある所で限界に達します。テレビCMの場合は、GRP(Gross Rating Point:延べ視聴率)が4000くらいに達するとそれ以上やっても認知は高まらないと言ったようなことが言われます。しかし基本は正比例です。

このような視点からしますと、私のようなダイレクトマーケターでさえも同じくくりになります。ダイレクトマーケティングは評価指標は一番単純なものとしてはレスポンス率。CPO(Cost Per Order)であったり、ROI(Return On Investment:投資収益率)。メッセージが届いたとしてもそれがレスポンスにつながるわけじゃありません。リーチと反比例することがあります。しかし、正比例であろうと、反比例であろうと、傾きを持った直線に近いイメージ

Y(広告効果)=aX

であることには違いはありません。

しかし、twitterの出現はこうした広告の法則を根っこからひっくり返し始めています。この兆候はブログが出現した時からありました。トラックバックがそれです。
しかし、トラックバックはつながるだけだったのでそれがマーケティング上の価値を見出すかどうか?はまた別の問題です。

twitterはフォロワーの数が100人から200人になったからといって倍になるとは限りません。それ以上の効果になる。合わせて、フォロワーが少ないからと言って悲観する必要もないのです。リツイートと言う方法によってとりあげられれば、それが乗数倍で広がっていくのです。しかも、レスポンスとなる場合がある。

Y(広告効果)=aX^2

といった感じでしょうか?要するに曲線カーブです。
メトカフの法則というインターネットマーケティングでは古典的なものがありますが、まさにそれです。

マス広告のようにガンガンと大量に出したからいいのではなくて、このべき乗倍を実現させるには、とにかく細かくばらまくことが大事なのです。そうするとこによって変数であるaが大きくなる、つまり、早く曲線カーブが描かれるということになるのです。
関与する人、フォロワーが少ないと、このa(傾き)が緩くなります。











ください

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若い人ほど進むテレビ離れとクラウドの時代

NTTコミュニケーションズ の調査結果によると、若い人ほどテレビを見ない人が増えているのだそうだ。まあ調査しなくても分かっていることとはいえ、あたらめて、数字からクラウドの時代を予感させていることが分かります。


http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=40&id=1147523
(引用)「ニュース・報道」と答えた人を年代別で見てみると、20~30代で視聴しているのは半数ほどだったが、60代以上では8割以上。
「ほとんどテレビは見ない」という人の割合は、若い世代ほど多くなる傾向があり、70代以上の3.1%に対し、20代以下では14.7%。「録画しておいて時間のあるときに見る」という割合も、20代以下では17.3%。30代(25.4%)や40代(23.9%)と比べても、録画をしてテレビを見るという人も少ないようだ。 また、年齢の高い人ほど地デジ対応が進んでいるようです。


テレビっ子世代である私の世代でさえ、ニュースは一部しか報道していない、という気がしてしまいます。テレビや新聞で報道する何カ月も前からネットでは噂になっていたり、しかもそれが本当であることが多い。何故大阪のテレビ局の番組を見ることが出来ないのか?と疑問を持っている人も多いです。例えば、関西テレビのニュース番組アンカー、水曜日青山繫晴さんのニュースDEズバリ!は私も毎週楽しみにしています。テレビ局側がCMがつかないので削除に躍起になっているようですけど、もったいないですね。


ネットだとポジティブなこととネガティブなことと両方見ることが出来る。マスコミの報道は偏っていて、煽ってもいると見えてしまうのです。マスメディアは枠と言うものがある以上仕方が無いことでもあるのですが、報道の裏側が今やネットで出てしまいから、これからのマスコミはまとめサイトとしての役割を位置づけた方がいいようにも私は思います
NHKが近々テレビと新聞についての番組をやるようですが(激震マスメディア~テレビと新聞の未来)、NHKは以前にもテレビについての番組をやっていて、情報をつまみ食いしているという意見にショックを受けていたようでしたね。

注目したいのは、録画についての意識の低さです今年からクラウドコンピューティングの時代に入ります。段々手元の端末に情報を置いておく、というのがあまり意味を持たなくなる。i Padの登場がそれを加速させるでしょう

これは重大な意味を持ちますデジタルネイティブの世代になれば録画をする、ことの理由が分からなくなる。YouTubeであればみたい時に見られるのに、何故わざわざ録画をしなきゃいけないのか?何故その時間に見なければならないのか?
元々テレビの視聴率というのは、「その時間に見る」=「視聴者がテレビに合わせる」からこそ意義が出てくるもので、オンディマンドの時代には意味を持たなくなってしまいます
このところ、マスメディアの抵抗が多くなってもいますが(例えば、ネットの危険性を批判したりと)、こうした数字から見ると、YouTubeに削除依頼することも、そろそろやめていかないと自滅行為につながっていくでしょう。
とは言え、ネットにシフトしてしまえばこれまでのような広告収入が得られなくなるのも事実で。

このように、この調査結果の記事は調査などしなくても分かってはいることですが、とても重要な意味合いを持つています



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2010-03-18

iPad上陸に学ぶ。こだわるところ、適度にしておくところ、投資判断が重要な競争力となる

i Phoneの電池の消耗が早くなり、最近では3時間くらいで切れてしまうようになってしまった。6月頃には4Gが登場するという噂もあり、かつ、気がつけば間もなくi Phoneユーザ歴2年になり、9月には月々のi Phone端末の支払いが終わる。早いもんだ。
当時珍しがられたi Phoneも今や電車の中ではありきたりの光景になった。
3GSにすべきかどうか?悩みどころ。それよりも、「電池交換を自分で出来ない設計というのは一体どうなってんだ!」とも思っていた。こういうところ、日本のメーカーには有り得ない配慮の無さを感じていたものだ。
しかし、i Padが4月下旬に販売されるとなると、事は大きく違ってしまう。
まず、i Phoneを使ってからこそ出てくる不満。例えばメールを打つのが億劫だったり、ネットをブラウズするときなど。i Phoneの魅力であるsync(端末を変えても同じものが見られる)が半減してしまう。しかし、i Padであれば十分でしょう。
http://www.apple.com/jp/ipad/?cid=MAR-JP-GOOG-IPAD
恐らくi Phoneが販売された時にはすでにi Padは出来あがっていたでしょうから、APPLE社はそれを見込んでわざわざ電池交換の部分に開発コストをかけなかったとも言える
i Padでは恐らく私が今抱いているi Phoneユーザならではの不満(持ってしまったからこそ生じる期待感)を解決してしまうでしょう
ユーザが欲しいのは、便利なインターフェイスであり、使い勝手であり、プロモーションビデオでアピールしているような、
「人が製品に合わせるのではなく、製品が人の一部になる」のだという目標の実現に集中しているのだ。
いずれ、i Phoneの3Gなんてテレビが普及しだしたらころのもの(当時テレビ受像機は木製の箱におさめられていた)みたいなもので、いずれ捨てられるものである。
恐らくAPPLE社はこのように考えているのではないか?

  • 現代人はコンピュータあるいはモバイル端末に1年半の使用で不満を持つようになる。
  • だからこそ、2年契約にする。そうすると半年分残るのでユーザが許す範疇で残債分は利益になる。
  • そのころを見込んでまったくこれまでには無い発想の新商品を投入する。


つまり、もし私が一年半でi Phoneを手放せば、3,900円×5か月の約20,000円は残債となるのである。つまり、丸々アップル社ないしソフトバンクの純利益となるわけだ。(実際にはそう単純じゃないでしょうけど)
恐らく私は次はi Phoneは買わない可能性が高い。
ソフトバンクの別の安い端末にしてメールやネットなどはすべてi Padに任せてしまう。一カ月我慢をすればいいだけだ。
価格も安いので出張する人にとってはとてもいいでしょう。
私のような仕事ではプレゼンテーションや打合せにも役立ちそうだ


すべてを完璧にスペックをそろえるのではなくて、電池交換などという、新たな端末が不要なところはそこそこに作っておいて、それよりも、ユーザが毎日接するところに集中して投資をする

日本人は何でもすべてを完璧にしてしまおうとするので、ここは学びたいところだ。
ていうか、新たな競争ルールが始まっているのである。

今頃になって日本のキャリアはi Phoneの真似をした商品を出したりしているがもう遅い。マーケティング力をないがしろにしてきたツケだ
私が思うに、今年は
  1. 全く新たなカテゴリーを創造していく市場が先にあり、
  2. それについていけない人たちのための切り替え市場

が現れるのである。
これを意識しておかないと、新商品を打ち出した時にはもう古くなっている、日本企業はこのジレンマから抜けられなくなる

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2010-02-07

ゲーム脳について ドクターなかがわさんより(3)

遠隔手術やナビゲーション手術は急速に進んでいます。
左右の異なる画像から3D視することが当初は訓練として必要でした。
ジョイスティックのようなもので操作したりする時期もありましたが、いまはより実態感覚にちかい操作感になっています。
そういったあたらしいデバイスの使い手は、間違いなく若いゲーム世代、実際にゲームで育った人たちから生まれてきています。
初期には、バイブレーションなどのキックバックがより実際的であることが望まれていたのに今はアラーム音で充分ですから、人の感性は本当に五感を切り離して行く方向で進んでいる様子です。

結婚が遅れるのもそういったリアリティ以上の疑似リアルで脳が満足できる脳の可塑性による進化による適応でしょう。

そうかんがえると やはりゲーム脳化は大切です。

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ゲーム脳について 医学博士中川雅文先生より(2)

人が二足歩行になり手に入れることができたのが、より肥大化した大脳です。道具を使うことで、運動野と視覚野を連動する必要が生じ、そのコントローラーとして補足運動野と前頭葉が発達しました。
手を自由に使うことは、呼気のコントロールにもよい効果を与えました。つまり、音声のコントロールが容易となったのです。ちなみにサルは吸気でも呼気でも音声を発するのであのようなヒヒヒヒというような音になっています。もう一つおまけで言うと相手よりも高い声を出している時、動物本能的には、相手に同意していることを錯覚させる効果があります。ですから名演説は、かん高い声でおこなわれ、声を高く出すために、手を振りかざします(手を上に上げると胸郭と気管の関係から音のピッチが上がります)。
話を戻しますが、
コンピュータのハードディスクという記憶媒体は人自身が、もうこれ以上姿形をかえられないところまで来てしまったために手に入れた新しい大脳皮質だったわけです。だからPCが携帯性をもつことが望まれ、クラウドが必要だったのです。
脳はその生理と本能において決してスパコンを望んでいないのです。
人は、今、五感を分離して使い分けるトレーニング装置としてゲームを手に入れました。ゲームを使いこなせる脳だけが、クラウドを身体の一部にしうる次世代型ヒューマンへの進化を可能にします。

そして私の結論もまた
「ゲーム脳を持つ人が恐怖なのではなくて、ゲーム脳を理解しようとしないあなた自身が恐怖なんでしょう」といことなのです。
というところに落ち着いてしまいます。

今世紀におけるバベルの塔の悲劇は、クラウドにおける基本OSの合意を意味するのかも知れません。

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ゲーム脳について 医学博士 中川さんより(1)

NHKためしてガッテンでもおなじみの医学博士、中川さんよりおもしろいコメントをいただきました。私も今先生が翻訳された本を読んでおります。

いやあ本当はね、私なんぞ相手にしてもらえないような方な方なのですが、先生も、お酒が好きでしてねえ・・・。ヽ(´▽`)/

多分若い頃は(今でも)イケメン。

でも、全然気さくです。

中川 雅文さん

・医学博士
・NPO日本ヒアリングインタナショナル理事長 
http://npo-hij.so-netsns.jp/
・創進会みつわ台総合病院副院長

<コメント>

発達過程における感覚統合は、健常な心身形成のために必要です。
6歳児までに五感の間隔は相互に補完的に交叉していきます。
視聴覚の統合によって、聞き取りにくい状況下でも口の動きを見ればわかるといった能力が発揮されます。
意識下での姿勢維持のための脊髄反射は本来、四肢の相互関係から保持された機能でしたが、人は手で道具を使うことから、姿勢保持を下肢だけに依存するように進化(最適化)しました。最近行われたニホンザルでの研究でもサルに道具を使わせると急速に意識に関係する脳の部位が活性化することが確認されました。サルの研究の究極は、猿の惑星という映画そのものの事態を生み出すでしょう。
われわれは、電話によって視覚に依存しない音声コミュニケーションを成立させることに成功しました。おそらくそれがこの200年ほどでのもっとも画期的なことだと思います。視覚と聴覚が分離されたのです。
聴覚は運動器とも連動していますが、携帯電話によって歩行中に見えない相手と会話することになり、聴覚と運動器との統合も分離させました。もっとも難しくおそらく人には不能と思われた携帯電話しながら片手で自転車を操縦することさえいまの若者は可能です。
実はわれわれは日常的にすでに感覚分離が進められています。
地デジによる視聴覚情報がそれです、わずか1/30秒ほどのズレ、本来の視覚と聴覚情報の提示タイミングにおいて、視覚が遅れるという現象を違和感なく受け入れていることです。
脳内情報処理の遅い高齢者(正確には段階的な訓練を経てこなかったIT難民)は、地デジ導入とともに、TVが聞き取れないという問題をすでに生み出しています。某NHKは音声周波数の問題として捉えていますが、実はデジタル視聴覚器機の初期設定のエラーのようです。講演会でバックスクリーンに講演者の映像を流しながら講演を聴くとそのズレというものをすぐ実感できるでしょう。

変化ではなく適応あるいは順応という言葉がおそらく最適でないかとおもいます。

ゲーム脳ではなく「アナログ脳VSデジタル脳」の新しい時代の中であたらしい環境に最適化した脳が全くあたらしいものを生み出すのでしょう。
今の35歳以降はある意味デジアナ脳であって、駆逐される側の脳であると思えるほどにITは進化しています。

6歳までにゲームにはまった脳は、おそらくわれわれの脳とは異質なもので、今の3Dを見てもその感じ方は全く違うそんな感想を言うに違いありません。

「道具が脳を進化させる」

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2010-02-06

ゲーム脳は生きる術となる(3)

一昨年だったか、「携帯電話を子どもを持つのを禁止すべき」だというのがはやったけど、こういうのが出てくると、かわいそうなのは次の世代の人たちだと思う。

大人たちの価値観を次世代の人たちに押し付けているだけで、次世代の人たちにとって、それは求められる能力なのだ。昔筆で書いていたのが鉛筆になったようなもので。

例えばもし、今坂本龍馬が生きていたら、彼はブログやメールをたくさん書き、当然twitterもやっていただろうと。彼は死んでから有名になったのであり、ここに新たな価値観を認めようとしない日本の姿があるのだ。

しかし、まだ明治時代は先進国の数の方が圧倒的に少なかったから良いもの、これから日本は中国、東南アジア諸国とも競争をしなければならなくなる。

新興国の人たちは固定電話を知らない、最初から携帯電話だ。
また、最初からパソコンがある。いや、最初からクラウドコンピューティングでパソコンという概念すら知らない人たちが急増していくのだ。

日本の企業が「FAXで送ります」と外国の人にいうと「日本では未だにFAXなんて使っているのか??」と驚かれるのだそうだ。

それでも、我々大人はそれで生きていけるからいいけど、それを次世代に人たちに押し付けてはいけないと思うのだよ。

彼らは生きていけなくなるのだ。
文字が読めないのと同じように扱われる屈辱を強いていることになる。


○「ゲーム脳」は異常なのではなくて生活に必要な術であり、
○ひきこもりやおたくも、異常なのではなくて、彼らこそ多くの友人を持っていたりする。

坂本龍馬が「軍艦を前にして刀など役に立たない」と言ったのと同じ。
日本人のこの悪い癖は昭和になっても治らない。相手は爆弾を落としているのに、竹槍を持って進めという。

大袈裟な言い方をすると、変化を認めないというのは、若い命を落とすことにもつながるわけだ。いや、でも事実でしょう。
しかも、これは今日の不況の大きな要因の一つでもあると思う。

変化を認めないことが若年層の就職難を生み出し、彼らは日本から出なければ職を得られないという事態にまでなっている。外国に行けば、変化を認めない日本の風潮など通じないから、そういう能力が求められるようになる。

○ゲーム脳は日本人にとって苦手なシミュレーション能力を育てるのではないか?

とも思うのです。

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ゲーム脳は生きる術となる(2)

ちなみに、wikipediaによれば、ゲーム脳の影響とされるのが以下なのだそうです。

・ソフトウェア開発者の仕事は視覚情報が強く、前頭前野が働くのは勤務時間内でもほんの一瞬で、使い続けていない。
・彼らの仕事は、設計図を描くわけではなく画面を見て作る。
・朝9時に席に座り、夕方5時までずっと画面を見ている。
・ひらめいたり、集中しているのはわずかな時間で、ただ画面をみている時間のほうが圧倒的に長い。
・彼らは、ほとんど会話をせず一日を過ごすパターン。
・コミュニケーションがほとんどなく、昼休みもひとりで弁当を食べているだけ。
・家に帰ってもディスプレイに向かうことが多く、あまり口をきかない。
・彼らのうちのひとりが「言われてみると、自分でも少しオタクっぽいかな、と思うこともある」と話していた。

⇒コミュニケーションが無いのではなくて方法が変化しているだけのこと、など、単にこれを指摘している人が新しい生活様式を理解出来ないだけのこと。

・若い女性が電車の中で化粧をする行為
・若者が電車のドア近くの床に座り込む行為
・若者がチャラチャラしたもの(ストラップやアクセサリなど)をファッションとしてたくさん身につける行為
・若者がお尻を半分出す行為(いわゆる男性の「腰パン」、女性の「ローライズパンツ」のことと思われる)
・若者のカップルが人前で抱き合ったり、キスをしたりする行為
・若者が定職に就かない(フリーターになる)こと
・森の友人の息子が飼っていたカブトムシが死んだ際に、「パパ、電池を交換したらいいよ」と話したこと

⇒若い女性が電車の中で化粧するのは、一度に複数のことをこなさなければいけない時代にはむしろ求められることで、急ブレーキで「あ、口紅がはみでちゃった」とならないことを心配する方が有益。
電車のドア近くで座り込むのはゲーム脳とは関係ない。

要するに、そうした行為が嫌なだけの話で、脳とは何の関係もないのです。

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