国会議事堂の議場には、木彫りの彫刻が施されています。写真が手元に無いのが残念ではあるが、さまざまな職業の人が一堂に会する場所、というのを表現しているのだそうです。
1.インターネットに関心を寄せる候補者たち
さて、YouTubeを見ると候補者の動画がたくさん出ています。かなりベテランの議員さんも出演されています。まだまだ閲覧回数は少ないようではありますが、先日のニコニコ動画の麻生総理VS鳩山代表党首討論会では昼と夜の再放送合わせて70,000人もの人が見ていたところからしますと、決して無視の出来ない存在へとなっていくのではないでしょうか。
2.ネット選挙を禁じている公職選挙法
今の公職選挙法では、選挙の公示日以降はホームページなどの更新はしてはならないことになっています。今回の解散の前には、最近はやりのTwitterを禁止することが閣議決定されました。。これは公職選挙法第142条の1あるいは第146条における、文書図画を頒布することの禁止に触れるからだと言われています。
「言われている」というのは、実際には公職選挙法にはインターネットに関する規定がまったくないので、総務省あるいは選挙管理委員会の解釈によるわけです。公職選挙法は違反をすれば逮捕されてしまうので、各候補者とも、この辺は神経を尖らせています。
ここで違和感を感じられる方が多いと思います。
インターネットって文書図画なの?
元々公職選挙法でいう文書図画とは、印刷物のことを指しています。今回の衆議院議員選挙の場合ならば、
衆議院(小選挙区選出)議員の選挙にあつては、候補者1人について、通常葉書 35000枚、当該選挙に関する事務を管理する選挙管理委員会に届け出た2種類以内のビラ 7万枚
と決められています。それ以外のものは頒布してはならないのです。しかしインターネットって頒布しているのでしょうか?頒布というのは我々マーケティングを専門とするものからすればアウトバウンドです。しかしインターネットはメルマガのようなものを除けば、基本的にインバウンド(受け身)が中心です。
元々公職選挙法においてこのように決められているのは、印刷物の部数(=費用)のかけ方の違いによって候補者間に差が出ないように、公平な選挙がおこなわれるように、ということによります。しかし実際には、選挙公示日前から政治活動の称する選挙運動が行われていますし(投票してください、というと違法となる)。
また、ネットは部数は関係ありません。変な言い方をすれば、見栄えの差はお金の掛け方によって出ますが、お金が無くても選挙運動ができる媒体なはずです。
しかも、今日インターネット人口は8000万人と言われており、ほぼ有権者数とおなじでしょう。新聞を読まない人も多いので多くの人に選挙公報が届かない状況になっています。すると、ネットでしか候補者を判断する手段を持たない人がたくさんいるわけです。
ならどうして公職選挙法を改正しないかと言いますと、「まだまだインターネットに関与しないお年寄りなどが多いから」という理由で、これはこれまで与党であった自民党の都合であると言われています。さらに、これまであまり仕事でネットを使わない町会や高齢者(それも80以上でしょう)が選挙運動の中心となる中で、ネットと無縁な人たちに選ばれる候補者は、ネットに取り組もうというモチベーションがなかなか湧かない、という悪循環が生まれるわけです。
ところが、最近は若年層が多いと言われているネットでは自民党支持者が多く、高齢者が多いと言われているマスコミが行う世論調査では民主党支持が多く、私は先の都議選の敗退も自民党がネット対応を遅らせたがために、自らの首を絞めたと見ています。
3.公職選挙法をもっと自由なものに!
先進国の中で文書図画の頒布枚数まで決めているのは日本くらいなのだそうです。
私は公職選挙法では基本的に金額の上限だけ定めて、あとは自由にすべきではないか?と考えます。それは冒頭のことが理由です。
今回も世襲の批判など起きていますが、これには硬直化した公職選挙法も大きく作用をしているのではないか?と思います。チラシなど印刷物の配布枚数を決めているということは、逆にいえばそうした方法でしか選挙をしてはならず、また、そうした方法でしか反応しない人たちに向けてしかメッセージが発せられなくなり、そうした方法によって反応する人たちが投票行動の中心となってしまう。
これでは多様な価値観を持った人たちが一堂に会する、という国会の本来の役割をなくしてしまうわけです。どうしたって偏った考え方、偏った価値観が反映されてしまうのです。公職選挙法によって公平を期そうとすることが、かえって不公平になるわけです。
私はネットを選挙の中心に、などとは言いません。インターネットがどんなに普及しても、使わない人は使わないでしょう。私は従来型の選挙活動があってもいいと思うのです。今の時代、かつてのように、すべての人を網羅するメディアなど存在しません。だからこそ、大事なのは、ネットに反応する人はそうでない人たちなど、さまざまなメディアを通じて反応した人々が一堂に会するような選挙にすること。
金額の上限だけを決めてあとは自由(私も選挙カーはごめんですが)、というようにすれば、各候補者、さまざまな工夫をするようになるはずです。ある議員はネット世論を受けて当選し、ある議員は町会の支援を受けて当選し・・・・こうしたことが、冒頭にあるような国会を実現させるのだと思います。
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