2008-05-20

子供と携帯電話は共存させるべき--教育再生懇談会の主張は亡国の論理ではないのか

先にお断り--自分には子供がいないのでイマイチ説得力に欠けるため、私は日頃教育問題は語りません。また、まだこれから出るらしい報告書の内容を読んでから述べるべきであると考えます。しかし、ここは敢えて・・・


教育再生懇談会
(座長・安西祐一郎慶応義塾長)が報告書の方針を示しました。

「原則、子供には携帯電話を持たせない」

実際に禁止するのは難しいのであくまでもメッセージだということなのですが、私はこれは後ろ向きな議論であり、教育再生どころか後退させる、益々学校と社会とを乖離させる話だと考えます。

時代の流れを止めることは誰にも出来ないのですから、受け入れること、うまく共存させることを考えないと、これは日本の競争力低下にもつながります。

私も実はこうもいいながらもケータイでメールを打つには苦手。かつて若い頃はPCでブラインドタッチが出来るということで珍しがられていましたけど。携帯のディスプレイを見ていると訳の分からないアイコンが並んでいる・・・というまさにおじさんの感覚です。

大人が理解出来ないから子供から取り上げるというのはどうでしょうか?彼らは大人になってから、ネットや携帯を使いこなすのは、死活問題となるはずです。日本でいくら持たせないと規制した所で、新興国は積極的に取り組むでしょう。

ケータイが持ついい面に目を瞑り、有害サイトのことばかりを問えば、彼らの生活の糧を大人が奪うことになります。

私は「21世紀の読み書きそろばん」には、《IT》と《経済・ファイナンス》を加えるべきだと考えています。携帯電話の使い方もその一つ

私は元々データベースなどを扱ってきた人間ですが、実際に仕事をしていると、最近は特にIT担当者でなくても(=IT素人の方々)、HTMLやちょっとしたデータベースの知識を持っている人達がたくさんいることに出くわします。それも結構鋭い質問をされたりします。例えば、今時のデザイナーはパソコンを扱えなければ仕事になりません。

元々アナログな世界にもITは普通に入り込んでいるわけで、携帯を持たせるにしても、教育再生懇談会が言うように、通話と居場所機能に限定すれば、子供のITリテラシーは下がり、将来必要な生活スキル、職業スキルの基盤を奪うことになります

携帯電話はPTAの調査報告でも警戒されているそうですが、私の記憶ではPTAの活動に熱心な親御さんなど極く一部で、また、こうした方々が行う調査というのは統計学的な処理が行われていないので、調査対象に代表性が確保されていない(=偏りが大きい)ことが多い。どこまで信頼できるのでしょうか?

iモードによる情報収集、辞書の利用方法、銀行の使い方、ポイントの使い方、お買い物の仕方、デコメによる自己表現、こうしたことをすべて奪うのでしょうか?---報告を書くおじさん、おばさん達は使わなくても済むかもしれませんが、彼らにとっては生活の基礎を成すものです。

ボーダレスの時代に、外国の人とケータイを見せ合ったりして、おさいふケータイが使えない日本の小学生がバカにされるようになる

「アプリのダウンロードって何?」

「日本の子供ってなーんにも知らないのね」

これで ものつくり大国が築けるのか?

技術立国ニッポンを捨てるつもりなのでしょうか?

リテラシーとは子供の頃から培われるものです。

私は「20世紀的価値観に基づく報告」であると考えます。

あるいは情報の自由な流通を拒むのは社会主義国家がやることです。もちろん、18禁、成人図書指定のようなものはあっていいでしょう。でも、だからといって「原則子供に持たせない」はやりすぎです。

「もう21世紀なんだ」と、いう意識を持ってもらいたいものです。

懇談会ではプラスの面とマイナスの面と双方をきちんと検証したのでしょうか?懇談会の安西座長は情報工学の専門家らしく「携帯メールを多用することで友人らと直接コミュニケーションを取らなくなり人間関係の形成に影響する」という主張を日頃展開されていることのようですがただ単に、自分達の願望を放っているだけではないでしょうか?

これは亡国の論理

明治の政府が偉かったのは、新しい時代に必要な読み書きそろばん を教え、あの時代に文盲率をゼロにしたことです。このことは未開の土地だと思って日本に乗り込んだGHQも驚いたそうで(ガルブレイズの回想にあります)、だから日本は敗戦をしても固有の文化を守ることが出来たわけです。

教育再生懇談会の主張は21世紀に求められる読み書きそろばんを削ぐもので

これからの若い人達に競争力が無くなれば、ただでさえ少子高齢化でGDPが下がるのに、益々日本の競争力を下げ、これは税収の低下にもつながるはずです。

恐らくこの報告を実行したとしても長くは続かないでしょう。人類の歴史において、この手の規制が長続きしたためしはありません。

10年位して、日本が遅れていることに気がつく。

それから慌てるのでしょうか?

ご一考願いたいものです。

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2008-04-05

青いロマンスカーと境界がなくなる

Vfsh0005_edited ロマンスカーと言えば、赤いボディにメロディを流して走る。子供の頃小田急沿線に住んでいていた自分にとってはとてもなじみの深いものです。当時は乗るとドリンクメニューを持ってくる、飛行機でいうとCAみたいな女性添乗員がおりました。

そのロマンスカーが青いロマンスカーとなり、地下鉄千代田線に乗り入れ をするように。地下鉄の相互乗り入れは私が小学生の頃進められたものでしたが、最近はその規模が大きくなってきています。

長距離な乗り入れと言えば、東武伊勢崎線と日比谷線・東急田園都市線があげられます。北千住駅は複雑でなれてしまえばどってこと無いのですが、初めていくと戸惑います。

そして、6月には地下鉄副都心線が開通します。今の東急渋谷駅はやがて地下に潜りつながりますので、そうすると東武東上線の森林公園発横浜中華街行なんていうのが出来上がるのでしょうか?

ふと調べてみますと、東京~神田駅は中央線ではなく東北本線だそうしでして、中央線の起点は神田なのだそうです。こうなるともう、小田急線、JR、東武という区分は利用者にとってはあまり意味の無いものになっていきますね

21世紀というのは境界がなくなり、新たな体系化の試みがなされる時代です。これは鉄道だけでなく、恐らく道路と鉄道、航路、海路といった今の交通行政の在り方も変えてしまうのでしょう。道路特定財源の問題は、私は物流を考える観点から、最近では予算そのものは減らすべきでないと考えていくようになりました。Eコマースなど、法人小口需要が増えるためです。しかし道路だけで語られる問題でもなく、例えば、小田急ロマンスカーが地下鉄に乗り入れるのであれば、黒ネコヤマトや日本郵便のゆうパックなどが何故鉄道を使わないのか?といった疑問が出てきてもおかしくないはずです。もちろん、過密ダイヤの問題があるのでしょうけど、道路の予算を抑えるとなると渋滞による経済損失は大きいでしょうから、どこかで解消しなければならなくなります。そうなると、一般財源化は自然な流れであるとも考えられます

身近なところで、大きな変化を読み取る事が出来る、今日この頃です。

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2008-03-20

通販・Eコマースと道路特定財源

日銀総裁が空席となり、日本経済の行方が心配されるこの頃ですが、道路特定財源も話題です。私は個人的には道路は既に幹線は出来ているので、あとは地域ブロック毎の課題にすべき、と考えています。そうすると、小泉内閣であげられた一般財源化も悪くないと考えますが、もし国政が地域ブロックの問題に言及するのであれば特定財源の維持は考慮するべきかなとか、ちょっと今考えているところです。但し私は元々「小さな政府論者」です。

といいますのも、私の場合少し視点が違います。ダイレクトマーケターとして考えると、Eコマース市場、通販市場がどれだけ伸びていくのか?ということとからませて考えてしまいます。

通販の市場はすでに5兆円で、GDPの1%を担う規模です。Eコマースも含めて、この市場が小さくなることはありません。これにBtoBを加味すると20兆円規模とも言われたりしています。そうすると物流の確保というのはとても大事。

食の安全のからみもあり、これから生鮮食料品の通販なども活発化させていくとなると、例えば、朝注文をして夜には届くとか、そんなことも描かないといけません。

そうすると(これは素人考えですが)、第二東名高速企業ユース専用レーンにするとか。地域ブロックと言う点で考えると都内も問題は大有りです。空かずの踏み切りを解消するだけでも経済効果は大きいと言われています。

今まで地方は工業団地を誘致して多くが失敗したりしていますが、インターチェンジや空港の近くに物流センターを誘致するということもあるのではないかと。

大きな物流センターも意外に狭い道路に面していたりすることも多く、これこそ無駄なコストです。そうするとこれまで幹線と地域路線は管轄が異なるのですがトータルに考えていく必要もある。

10年間で59兆円という予算組みが無駄だということですが、要は投資した分回収させる見込が無いから問題となるわけで、マーケティングの視点から考えてみると意外にブレイクスルーとなるのではないかと思ったりするわけです(ちょっと小さな政府論者である建前と矛盾しますが)。

まだまだ私のは思いつきですけど、もう少し勉強して何かしら提言をしてみたいと思います。

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第22回全日本DM大賞をふり返って

今年から、全日本DM大賞の審査委員を仰せつかりました。

この大賞はもう22年目というもので、私がこの世界に入るちょっと前からあるものです。

審査委員には私の元上司の上司、そして先輩も、おなじみのルディー和子さん などなど、業界では知られる方ばかりなので恐れ多かったです。

さて、グランプリの作品ですが、ベネッセのDM。ベネッセと言えば日頃は派手なDMで知られますが、「ちゃんとこういうのも作れるんだよ」というメッセージにも。基本をしっかりと、忠実にこなしていて、DMのお手本とも呼べるものでした。

Vfsh0052_edited制作したのはまだ設立3年目の会社だそうです。

ちなみに、DMの市場規模とは意外に大きなものです。電通の広告統計によれば、約3500億円ですが、これには郵便代しか含まれていないのと、ヤマトのメール便もあるので、実際には1兆円くらいあると推測されます。新聞広告の市場約9600億円なのでかなりのものです。

Vfsh0053_edited

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2007-11-18

Yahoo!の新しいトップページと論理構造と

Yahoo!のトップページがβ版とは言え、とうとう変わりましたね。世界のYahoo!はもうかなり前からこの形になっていたので、日本がようやく追いついた・・・とも言えるのですが、我々日本人は最先端を走っていると思いきや、意外に新しいことを拒否する人の方が声が大きかったりして、意外に遅れているところがあったりもします。しかし変化するものは変化する・・・

このYahoo!のトップページの変化は、ついに「階層構造」を完全に捨てた という言い方も出来ます。そして最近私は思うのですが、元々物事を「階層構造に整理する」というのは人にとって理解しやすいはずのものですから、人は人としての思考パタンさえ変えようとしているのではないか?と。例えばホームページ制作の基本はディレクトリと呼ばれる、階層構造が基本です。プレゼンテーションも階層構造で記述すると分かりやすい。PowerPointは階層構造を作るのにとっても便利な思考ツールでもあります(この話しを研修などですると受講生に驚かれる)。確かに階層構造で記述をすると分かりやすいといわれます。また、階層構造は、会社の仕組み、官公庁の仕組みなどあらゆるところで使われています。

しかし検索エンジンがこれほどまでに普及したことで階層構造というのは面倒くさいものになってしまった。ホームページ制作の世界では以前からユーザビリティというのが問われて、3回クリックしてそのページに到達する人は5%しかいない、などと行動心理学の立場から研究がなされたりしていたもの。階層を減らすのは編集の力で可能で、しかし、階層を減らそうがなんだろうが、階層構造であるのには違いない。

Eコマースシステムの設計をしていても、エンジニアからは色んなアイデアが出てくる。ajaxという技術はたいして新しい技術じゃないという言い方も出来るのだけど、しかしそれがあることによってデータベースの構造が変わってしまうわけである。その辺Googleは凄い。一度GoogleのGmailを使うと他のものが使えなくなってしまう。

一般的なメールソフトでは、送信先を選択するときには、アドレス帳から該当者を選択して取り出す。Yahoo!mailを使っているとこの構造はとても分かりやすく、該当者をチェックする。つまり、フラグを立てている わけだ。この時、該当者探しは自分で行わなければならない。しかしGmailでメールの送信先を打ち込む場合は違う。ajaxによって該当者の候補が表示されて、カンマ区切りで相手を増やしていける。DBなど意識しなくてもいい構造となっているのだ

こういうのがどんどんと普及していくとどうなるのだろうか?階層構造とは情報が少ない時代にはとても便利だが、情報化社会では、取り出したい情報に到達するのにとても時間がかかる。何でもかんでも検索エンジンにように使えたりするようであれば便利だ。

そして!こんなのに人々が慣れてしまうと、やがて階層構造による整理という方法自体が分かりにくくなるのであろうか?例えば図書館に行っても図書分類表の意味が分からなくなるとか、何故自分の会社がピラミッド組織になっているのかが分からなくなるとか。

もし、人の思考回路そのものに変化が起きてしまうのだとしたら、それはどういうことなのだろう?とも思う。回路というとそれこそ、人の頭が物理的なものに支配されているかのようだけど、すべては学習によるものだということになる

システム開発ではストラクチュアと呼ばれるものがある。システム開発は人々の思考回路、社会背景が反映されるべきもので、これから開発をされる会社はこのあたり注意をしないと、出来上がった時には古くて誰も使えない、ということになり得る。これは機能の古さとかそんなんではなくて、思考パタンの古さによるものだから、根が深い

パラダイムシフトという言葉もあるけど、これって単にシステム開発の問題ではない。心理学?哲学?論理学?あるいは医学の問題なのか???

そう考えていくと、学生の頃、哲学の授業を受けて「これっていったい何の役に立つのだろう?」と思っていたものだけど、哲学や論理学ほど、実践的なものは無いのかもしれない。IT哲学だとか、IT論理学とかそんなのが現れるのだろうか?

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2007-11-05

初音ミクの衝撃

初音ミクが画像検索にかからないのは何かの圧力のせいなのかどうか?が話題になっているとか、「おじさん、何今ごろそんな話してんだよ!」と言われそう。しかし仕事柄ネットと接している時間が多い私ですら、初音ミクセカンドライフに次ぐ衝撃だったといっても過言ではないですね。

初音ミクは合成した歌声のキャラ、決してうまいというわけではないのだけど、何となく心地良く感じてしまうのは何だろうか?2年ほど前にNHK放送技術研究所による「技術展」で「文字をスムーズに機械が読む研究」というのが発表されていたのを思い出す。当時はスゲーと思ったけど、初音ミクみたいなのが現れてくると、莫大なお金をかけている放送研究所の研究も古臭く感じてしまう。あそこで行われていることは今や民間企業でいとも簡単にやってしまうのだ!

放送技術研究所の最大の成果と言えば21世紀の戦艦ヤマトとも言われている地デジの技術。今思えば、あそこで行われている技術は20世紀的な発想ばかりだ。ある地方のテレビが他の地方でも見ることが出来る技術(スリングボックスがあれば要らない)、文字を読み取る技術(それこそ、初音ミクにさせてはどうか?)、・・・キリが無いのでやめておくけど。

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2007-09-01

進む仮想社会はインターバーチャルへ~75年周期説から考える

何気なくリンクをたどっていったら、こんなのに出会った。ガンホーといえば、上場時に1000万円もの株価をつけて話題になった会社だけれども、これはオンラインでのゲームサービス。ただゲームをするだけでなくて、SNSの要素ももっているし、アバターを作ることもできる。またガンホーコインというのもあり。要するに最近のネット系で話題になっていることがすべて入っているのです。

Meet Meはトランスコスモスが始める仮想社会。和製セカンドライフとも言うべきものがこの冬に登場します。こちらは東京をリアルに再現するらしく、本家セカンドライフのように、アバターが飛ぶことも出来ないらしい。ここでも仮想空間内で通貨が流通することになっています。イメージビデオを見ると画像がきれいなのが印象的です。ただ、細かいことを言えば、リアルの再現といいつつも、セカンドライフの方が細かい所もありますね。セカンドライフは木が風で揺れたりします。

アバターといえば、日本でまだ普及する前の頃、ちょっと仕事で関わったことがあるのですが、当時こんなの誰がやるんだ?と思っていました。というのは画面上で髪型を変えたり、服を着せ替えたり、それで何が面白いんだろうと。某商社が企画して始めたのですが、日本の商社というのは物凄い先見性ですね。そしてこれを普及させたのがYahoo!ですね。ガンホーでは、これに部屋の模様までつけられることが出来て、吹き出しも付けられるので、もうこうなると一頃昔AOLでやっていたオンラインチャットが物凄く原始的に見えてきます。私の推測ですが、間違いなく、音声変換と併せて、キーボードを必要としなくなる時代が来るのでしょうね。そして、通貨が流通しているということはそこで生活をする人が出てくるわけです。

75年周期説の妥当性

そしてこうした仮想社会はこれからたくさん出てくるのでしょう。私は経済循環75年周期説(誰が言ったのか覚えてないのだけど)はその通りのような気がするんですね。

最初の二十五年はそれまでのさまざまな方法・モデルが一掃され、新しい方法、新しい経済活動が起こり、あらたな有力者が台頭してくる。そして次の四十年間はその前の二十五年によって作られた方法を発展させていく(お客様を信者に変える!実業之日本社より抜粋)

世界恐慌が起きたのは1929年のことですが、その後から資本主義は本格的に成長をしはじめて、自動車の大量生産が普及しはじめたのも丁度その頃でした。この頃から自動車メーカーもたくさん現れたのだそうです。そして戦後になっていわゆるビッグ3に落ち着いた。

1929年の次の時に75年を足すと、2005年が次の75年のはじまりということになります。これからの25年、つまり2030年頃までは新しいものがたくさん出てくる。アバターの方法、仮想空間の運営方法など、それ自体が競争になっていきます。キーボードが不要になったりしていくでしょうから、今以上に誰でも入れるようになっていく。また、新たな貧富の差がここで生まれて、バーチャル世界の中でも起きるでしょうけど、バーチャル世界に入れない人達というのが現れてきます。「私はパソコンなんて・・・」という人をゼロにすることが教育の目的ということにもなります。これが明治の頃に始まった国語・算数に相当するようになる。そして今私たちは2007年に住んでいます。個々で私たちは時間的制約、そして場所の制約から解放されることになるのです。

時間的制約と場所の制約からの解放

仮想社会というのは人の価値観、生活習慣を根こそぎ変えていきます。何故あなたに合わせなければならないのか?テレビを見る時間、勉強する時間、選挙に行く時間に至るまで。もうひとつ、時間だけでなくて、場所も自分で決めるというのが進んでいく。

この所、パソコンをいじっていて私は変化を実感しますブックマークはGoogleに依存するようになり、メールはGmailを通じて携帯に転送されるのでどこでも見ることが出来るようになりました。そして(まだ遅いなど問題はありますが)、Googleのスプレッドシート、ノートブックなどに自分が思いついたことをどんどと書き込むようになった。二つのパソコンを使う私にとっては、その方が便利なのです。よく言われるマイクロソフト離れですね。Yahoo!の動画ニュースはこれまではWindowsMeia を使っていましたが(=つまり、ローカルPCにダウンロードされたソフトを使う)、最近は独自のソフトでオンライン上で完結するようになってきています。私もPCを使っていて容量が直ぐにいっぱいなるのにはもう懲り懲り・・・・というのが本音で、こうしたネットワーク利用というのは一層進んでいく、つまり場所の制約を受けないということになります。もっとも、これにはセキュリティと紙一重であるのですが・・・。

こうしたことは歴史のパタンとも言えます。確かにマイクロソフトは前の75年の破壊者であることには間違い無いです。前の75年のときもフォードは自動車の大量生産を成功させたのであって、それ以前に自動車は現れていたわけです。当初パソコンはDosコマンドを記憶せねばなりませんでした。GoogleはITをより一般化させていくトリガーになっています。

行き着く所

恐らく、これだけ仮想空間が出てきて、更にそこに経済活動が行われるとなると、仮想空間同志で自分のキャラ(アバター)を共通させたい、要するに、INTER-Virtualという概念が出てくるのではないか?と私は考えております。一つの所に囲い込むという発想はここで終焉します。自分のキャラが、好きな場所で、好きな時間に現れる、神出鬼没があたり前となるわけです。さらにリアルとネットとの間の行き来というのも行われるようになる。

人は幾つもの人格を持つようになり、二重人間、三重人格というのは精神的な異常とはみなされなく恐れもあります。更に政府の知るところではない通貨がたくさん流通するようになり、ドル・円もたくさんある通貨という商品の一つに過ぎなくなります。やがては国籍自体が競争に組み込まれる時代もやってきたりする。

話変わりますが、フルキャスト宮崎(楽天イーグルスの本拠地)が今回の事件があったために契約を解除する動きにあるそうで、この球場の命名権は、1億5000万は楽天に、5000万は県に落ちる のだそうです。こうした小さな動きはこれからの世の中を示唆するのでチェックしておくべきだと私は考えます。

今宮城県は慌てているでしょう。次のスポンサーを見つけなければならないのですから、これは企業の活動に例えれば売上の見込みがなくなる。自治体も既に売上構成を税収だけに頼らない、多角化を始めているわけです

最近はどこの地方自治体のホームページを見ても広告が掲載されています。石原都知事が始めたバスのラッピング広告なんて珍しくも何ともなくなってしまいました。国家財政のうち社会保障費は21兆円、国の一般歳出の45%を越えています。今後更に増加していくとなると、国も否応無しに、削るか稼ぐか?しかなくなるわけで、こうした傾向は日本だけじゃありませんから、国自体が何かしらの方法で商品を考えていく時代になることは避けられないでしょう。仮想空間はそうした国が発行する商品のマーケットプレイスとなることも考えられるわけで・・・

膨らむ政府の財政逼迫だけでなく、ドーピングが止まらないオリンピック高度化していくと仕事の中身など、次々とダウンロードして容量を一杯にしてしまうソフトウェアなど、20世紀に作られたものがどんどんと限界に直面するようになっていくわけです

動かすのは人間です「もうこれ以上やってらんない!」というのが来るわけであって、だから歴史上人はいつの時代もフロンティアを求めるわけです。同時にこうした大きな変化についていけな人達も出てくる。今日のネットカフェ難民というのは気をつけないと、新たな貧困層の起点になるのかもしれません。ネット環境がここまで進んでいくと、ネットに関わる人達と、関わらない人達は異なる言葉を使うようになる可能性もあります。

いずれにしても、2005年を今回の75年周期の最初の年として考えると、来年は3年目となるわけです。2011年には地上波デジタルの完全移行と、普及がままならないことが分かってはいても避けられないものが待っています。いよいよ20世紀的価値観の一掃がはじまりだしたとみなして損することは無いでしょう。

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2007-08-19

セカンドライフ初日の感想、これはMatrixの原始型か?

フロンティア精神と言えばカッコイイですが、人は森林や海を壊してでもフロンティアを止めることはありません。もうこれ以上開拓したらやばいということで、するとその先は宇宙に行くのかと思っていました。アーサー・C・クラークの3001年ではありませんが、地球と月との間にエレベータが設置されるのもそう非現実的な話ではないそうです。しかしやっぱりお金がかかります。

そうすると、どうも一企業でもおこすことが出来る、仮想社会の方が実現しやすそうです。ようやくセカンドライフに入ってみました。

Sample001 Super002_3 Super003_2
最初に行き着く所 知り合った女性 チャットをしている所
(キーボードを打っている)
向こうに裸の男がいる

セカンドライフについての解説はあちこちでなされているので私がするまでもないでしょう。

面白いのは、この中で経済活動が行われていること。しかも、自分のキャラと男にも女にも、動物の顔にもすることができるので、つまり、二重にも三重にも人格が作れる。もちろん、問題もあるようです。セカンドライフの中には法律が無いので、稼いだお金が盗難にあったりということもあるようです。

まあやがてそんなことしているうちに、政治家も登場してきたりするのでしょうね。

それよりも!これって映画マトリックスの原始型なのでは?さすがに頭にプラグをつけて仮想社会に入るというようなことはまだ無いのでしょうけど、こちらが主体になってくると、私はそのうちにキーボードや、マウス、ディスプレイというのもなくなるのではないか?と考えるわけです。そうすると後世の考古学者は、これらマウスなどを発掘して使い方を探るのが仕事になったりする。

つまり、バーチャルの中でもまったく今リアルの世界で目にするものが見えるようになるわけです。コンピュータの操作は、キーを叩くことではなくて、極く普通の動作をバーチャル空間の中で行うことを指すようになる。

もちろん、そういう傾向に私も抵抗があるわけではありません。映画マトリックスはエンタテイメントの中に人の尊厳に関わるような重いテーマを秘めていて、ああなってはいけないわけです。しかし、セカンドライフ内で土地を購入すると、リンデンラボ社はサーバを一台、物理的に増やすそうです。マトリックスに出てくるあの機械も、いったい誰がお金を負担したのだ?という疑問がありましたが、そうやって増えていったのであれば合点がいきます(何でも大きな資本によってなされると思うこと自体が古いですね)。そう思うと決して心地のいいものではありません。

Super005 Super006 Super007 
とにかく設定が細かい メタボリックな細野 確かに、こんな格好して
檜町公園を歩いてます

しかしこれは人類が見つけた、あらたな開拓先。こうすると必ず出てくるのが「そんなのまだまだ・・・、有りえない」という否定の声。しかしこのように否定するのを信条としている人達は携帯電話もインターネットもちょっと前まではSFの世界であったことを忘れています。

世界の経済学者が今は数百年に一度の大きな変化だという意味はこういう所にあるのかと。いずれは人はリアルでの行き方とバーチャルでの生き方と両方求められるようになります。既に始まっているバーチャル空間での企業活動もとても重要なものになってきます。

バーチャルな世界ですから、その姿が本当なのかどうか?も分からないし、一人で二役も三役を演じているかもしれず、そういう中でのマーケティングとはどうなるのか?人口という概念も変わってくるでしょうし。物理世論とバーチャル世論なんていうのも出てくるかもしれない。でも、数が多ければそれなりの影響力は出てきます。

大切なのは、こうした変化を否定するのではなく、何しろこうした動きは止められないのですから、きちんと受け止めて、人類として戦略を描いていくことなのではないか?と思うわけです。

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2007-08-17

北京市での農薬検査サービスから考える

中国の毒入りの食品が問題になっているが、実際にそこに住んでいる人達もそれを食べるのだからたまったものではない。日本はまだポジティブリストが導入されたりはしているし、世界一うるさい消費者だと言われているからまだしも、彼らは消費者運動を起こせる立場にない

日本もかつては、私が子供の頃は合成着色料入りの飲み物など随分と飲んだものだけど、さすがに廃油を使って料理をするとか、そこまではいかなかったはず。

中国のこの荒んだ状況、モラルハザードは、共産国家であるから消費者運動が無いため、そして科学的であるが故に宗教の存在を認めないが故。宗教団体の暴走もいけないが、やはり国内のカトリック大司教を共産党が決めるようなことをするから、このようなツケが回って来る。

しかも、このツケは大きい。具体的にコストとなって降りかかってくる。
一つには、検査サービスをしなければならないというツケ。北京市だけで人口1493万人。東京都ほぼ同じくらいだが、とても無理でしょう。恐らく中途半端に終わる。
二つ目に、中長期的に現れるコストがある。やがて癌患者が増えるだろうからその対応はどうするのか?

何をいいたいのかというと、結局何かしら抑えつけを厳しくしようとすればするほどに、そのツケがまわってくる。やはり我々は小さな政府を目指すべきであるということを、こうした極端な例を通じて我々は知るべきであるということ。日本だとなかなかこのような極端な例は起きないので、小さな政府と大きな政府どちらがいいのか?という議論もどうしてもシミュレーションの世界になってしまう。

神の見えざる手」とは経済を語るときに、具体的には需要と供給のバランスを示すときに使われる。しかし中国を見ていると、この「神の見えざる手」とはこうしたX軸とY軸による二次元的な表現だけではなく、モラル・自己意識というZ軸があるのかもしれない(かと言って人は完璧ではないのでこれもまたあまり厳しく求め過ぎると歪が出てくる)。ただしこのZ軸は何か?と問われると私はそう簡単には説明出来ないが、それは上から抑え付ける力ではなく、自ら沸き起こってくるもの。こうなると少々曖昧ではあるが、そのために何をしなければいいのか?


世界で最も成功した社会主義国家と皮肉られる日本は、多いに一考すべき点であると考える。

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2007-07-22

効果測定はスタートだ!ROI的クリエイティブ

ROI(レスポンス)とクリエイティブとの関係って具体的に言うとどういうことなのだろう?

<LEVEL1>

まず私がDMME(DM協会の資格、Direct Mail Marketing Expert)の審査委員をやって気がついたことを例にするととても分かりやすいです。

郵政公社が力を入れているのに、タウンメールというのがあります。これは宛名無しの郵便折込からすれば競合です。新聞の発行部数が下がれば、当然折込部数も下がるわけで、その代わりを今多くの企業が探していることから注目されている方法でもあります。

  • 折込チラシは印刷費と実施費を合わせて大雑把に@10円
  • タウンメールは印刷費と実施費を合わせて大雑把にいって@32~40円

ここでいうは、実施単価(リーチ単価)という言い方をすることにします。

私が見た限りでは、元々折込チラシであるものにただ封筒をつけて入れただけ、というのがとても多い。それなれば折込をやった方がいいわけです。タウンメールはダイレクトメールである以上はそこには挨拶文なり、プロダクトアウトではない商品の見せ方、折りの工夫などなされていないといけない。でないと、割に合わないわけです。タウンメールはリーチ単価を4倍以上あげないと意味がないわけで、逆の言い方をすれば4倍以上期待できるからするわけです。

では、タウンメールは高いからやめるべきなのか?というとそうではなく、

折込チラシは大体0.02%~よくても0.1%くらい、それに対してダイレクトメールは0.5~1.5%くらい10~100倍近くのレスポンスの差があるわけで、だからやる意味が出てくる。具体的に計算する/しないは別にして、少しでもROIというのが頭の中に入っていれば、間違ってもただ封筒にチラシを入れただけ、というのはしなくなるわけです。

<LEVEL2>

さらに、何を大きく表現するのか?その占有の度合いもROIをベースに語られていくようになるでしょう。通販会社などでは昔からある程度されていることですが、

  • どんな商品を大きく表示するべきなのか?
  • 大きく表示する要素は何か? 商品名?共感を得るコピー?送料無料?返品30日間OK?

ROIを基準にして考えていくと、絵としての美しさよりも、まずはこうした設計が必要になってきます。送料無料という言葉を大きく表示するのがださかろうと何だろうとそれでレスポンスが来て、ROIが改善されるのであれば仕方が無いわけです。その上で、美しく見えるようにする、それがデザイナーに求められることなのでしょう。

ところで、こう考えていくと、効果測定というのは、プロモーションなりキャンペーンなりが終わってからなされるものと思いがちですけど、実は最初に考えなければならないこと、ということになるわけです

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