セカンドライフ初日の感想、これはMatrixの原始型か?
フロンティア精神と言えばカッコイイですが、人は森林や海を壊してでもフロンティアを止めることはありません。もうこれ以上開拓したらやばいということで、するとその先は宇宙に行くのかと思っていました。アーサー・C・クラークの3001年ではありませんが、地球と月との間にエレベータが設置されるのもそう非現実的な話ではないそうです。しかしやっぱりお金がかかります。
そうすると、どうも一企業でもおこすことが出来る、仮想社会の方が実現しやすそうです。ようやくセカンドライフに入ってみました。
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| 最初に行き着く所 | 知り合った女性 | チャットをしている所 (キーボードを打っている) 向こうに裸の男がいる |
セカンドライフについての解説はあちこちでなされているので私がするまでもないでしょう。
面白いのは、この中で経済活動が行われていること。しかも、自分のキャラと男にも女にも、動物の顔にもすることができるので、つまり、二重にも三重にも人格が作れる。もちろん、問題もあるようです。セカンドライフの中には法律が無いので、稼いだお金が盗難にあったりということもあるようです。
まあやがてそんなことしているうちに、政治家も登場してきたりするのでしょうね。
それよりも!これって映画マトリックスの原始型なのでは?さすがに頭にプラグをつけて仮想社会に入るというようなことはまだ無いのでしょうけど、こちらが主体になってくると、私はそのうちにキーボードや、マウス、ディスプレイというのもなくなるのではないか?と考えるわけです。そうすると後世の考古学者は、これらマウスなどを発掘して使い方を探るのが仕事になったりする。
つまり、バーチャルの中でもまったく今リアルの世界で目にするものが見えるようになるわけです。コンピュータの操作は、キーを叩くことではなくて、極く普通の動作をバーチャル空間の中で行うことを指すようになる。
もちろん、そういう傾向に私も抵抗があるわけではありません。映画マトリックスはエンタテイメントの中に人の尊厳に関わるような重いテーマを秘めていて、ああなってはいけないわけです。しかし、セカンドライフ内で土地を購入すると、リンデンラボ社はサーバを一台、物理的に増やすそうです。マトリックスに出てくるあの機械も、いったい誰がお金を負担したのだ?という疑問がありましたが、そうやって増えていったのであれば合点がいきます(何でも大きな資本によってなされると思うこと自体が古いですね)。そう思うと決して心地のいいものではありません。
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| とにかく設定が細かい | メタボリックな細野 | 確かに、こんな格好して 檜町公園を歩いてます |
しかしこれは人類が見つけた、あらたな開拓先。こうすると必ず出てくるのが「そんなのまだまだ・・・、有りえない」という否定の声。しかしこのように否定するのを信条としている人達は携帯電話もインターネットもちょっと前まではSFの世界であったことを忘れています。
世界の経済学者が今は数百年に一度の大きな変化だという意味はこういう所にあるのかと。いずれは人はリアルでの行き方とバーチャルでの生き方と両方求められるようになります。既に始まっているバーチャル空間での企業活動もとても重要なものになってきます。
バーチャルな世界ですから、その姿が本当なのかどうか?も分からないし、一人で二役も三役を演じているかもしれず、そういう中でのマーケティングとはどうなるのか?人口という概念も変わってくるでしょうし。物理世論とバーチャル世論なんていうのも出てくるかもしれない。でも、数が多ければそれなりの影響力は出てきます。
大切なのは、こうした変化を否定するのではなく、何しろこうした動きは止められないのですから、きちんと受け止めて、人類として戦略を描いていくことなのではないか?と思うわけです。
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