先ほど都知事選の投票をしてきました。
私はある意味選挙おたく(っていうほどのものではないですが)みたいなところがあって、昔の都知事選は面白かったです。今回は少しそういう雰囲気が復活してきたようにも思えます。
私が誰に投票をしたのかは別にして、ちょっと最近の潔癖さを主張するのには私は疑問を感じます。石原氏の三男の問題、四男の問題などありますが、ちゃんと財政は改善していますし、公約を見ても、東京ならではものが多い。対して浅野氏は情報公開など訴えていますが、しかしそれが公約の目玉になるのは寂しい感じもしますね。私は自分が落語が好きだから言うわけではありませんが、もう一期待って、東京の街並みを歩くなり、住むなりといった経験があった方が良かったのでは?とも思います。それだけ、東京は奥深い。
私は石原氏の主張する東京オリンピックには懐疑的でした。何も今さら・・・という気も。それに、単純に12年は長いような気もします。しかしHPで政策を比較する限り、今の東京に必要なことが惜しげもなく並べられています。東京から日本を動かす ということについては、首相になれなかったあてつけのように揶揄する声もありましたが、しかし今度は東京再起宣言、東京ならではの政策が多い。オリンピックについては実はあれは都市と緑の共生という壮大な実験でもあり、エコ技術が優れている日本の首都に相応しい政策とも言えます。
対する他の候補者は、まあ東京でなくても言えることじゃん。っていうのが感想でした。
情報公開や福祉も大切です。浅野氏が高齢化社会対策を訴えていますように、都内は若者の街であるかのように思われていますが、都バスや都電になると老人がとても多い ことが分かります。でもそれは東京に限ったことではありません。(ただ、浅野氏について言えば、「1年以内にやります」、「2年以内にやります」と期限を示しているのは斬新ですね)
その前に東京が夕張のようになってはならないわけで、そういうバランスを欠いていると「政策が無いよう」にも見えます。共通して、産業政策が弱い ですね。
特に共産党推薦候補にいたっては美濃部都政を再来させるかのようというか、あれでは学生の作文。この巨大都市東京を経営するという感覚がまるで無い人を、どうしてマスコミがあそこまで主要4候補のように扱うのかも疑問です。
潔癖さは大事だけど、それを第一の政策にするのはちょっとやりすぎではないか?とも思う分けです。
私は前にもこのブログで田沼意次の話をしました。
「白河の清きに魚も住みかねて もとの濁りの田沼恋しき」とは質素倹約でならした松平定信(白河とは白河藩主だったことの意味)の政治よりも、賄賂政治といわれた田沼意次の時代の方が良かったというものです。
TBSのサンジャポが同じ人から4回インタビューをとって、それも事前に取材をする時間を聴いていたとか。確かにTBSの不二家の話は企業の存続に関わる問題ですから、慎重にすべきですが、サンジャポはある意味おふざけ番組。それくらいのこと許してはいいのではないか?おふざけが嫌いならば見なければいい わけです。
かつて私のいた小学校は、進歩的な考え方をする先生達が多くて、「今日いいことをした人、悪いことをした人」を帰り際のホームルームの時間で指摘し合ってたんです。確かに潔癖にはなるのですが、段々糾弾会のようになっていくわけです。人の揚げ足をとりあうような嫌な社会になっていく。だからソ連は潰れたわけで、中国の文化大革命然り、古代アテネの陶片追放然り(実際にはただ追放されるだけどそれ程厳しいものではなかったらしい)、潔癖すぎるというのも度を越すと国を滅ぼしかねないわけです。
じゃあどこからどこまでが許されて、どこからどこまでが許されないのか?
これも難しい所なのですが、石原氏四男の問題なんて、確かに指摘をすべきことですが、それで十分で、6兆6千億にも及ぶ東京の莫大な財政規模からすると小さな問題です。政策論争のネタの主題にするのは、自ら政策が無いことを宣言しているようなもの。
開票まで後3時間です。
普段なら選挙が大好きな私は選挙特番を必ず見るのですが、今年は3月からテレビを見ない月間をいう生活実験*をやっておりますので、今日は見ません。
今この時点では誰がなるのか分かりませんけど。
テレビを見ない生活実験:についてはこちら↓
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