社会と法

2007-11-05

初音ミクの衝撃

初音ミクが画像検索にかからないのは何かの圧力のせいなのかどうか?が話題になっているとか、「おじさん、何今ごろそんな話してんだよ!」と言われそう。しかし仕事柄ネットと接している時間が多い私ですら、初音ミクセカンドライフに次ぐ衝撃だったといっても過言ではないですね。

初音ミクは合成した歌声のキャラ、決してうまいというわけではないのだけど、何となく心地良く感じてしまうのは何だろうか?2年ほど前にNHK放送技術研究所による「技術展」で「文字をスムーズに機械が読む研究」というのが発表されていたのを思い出す。当時はスゲーと思ったけど、初音ミクみたいなのが現れてくると、莫大なお金をかけている放送研究所の研究も古臭く感じてしまう。あそこで行われていることは今や民間企業でいとも簡単にやってしまうのだ!

放送技術研究所の最大の成果と言えば21世紀の戦艦ヤマトとも言われている地デジの技術。今思えば、あそこで行われている技術は20世紀的な発想ばかりだ。ある地方のテレビが他の地方でも見ることが出来る技術(スリングボックスがあれば要らない)、文字を読み取る技術(それこそ、初音ミクにさせてはどうか?)、・・・キリが無いのでやめておくけど。

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2007-08-19

セカンドライフ初日の感想、これはMatrixの原始型か?

フロンティア精神と言えばカッコイイですが、人は森林や海を壊してでもフロンティアを止めることはありません。もうこれ以上開拓したらやばいということで、するとその先は宇宙に行くのかと思っていました。アーサー・C・クラークの3001年ではありませんが、地球と月との間にエレベータが設置されるのもそう非現実的な話ではないそうです。しかしやっぱりお金がかかります。

そうすると、どうも一企業でもおこすことが出来る、仮想社会の方が実現しやすそうです。ようやくセカンドライフに入ってみました。

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最初に行き着く所 知り合った女性 チャットをしている所
(キーボードを打っている)
向こうに裸の男がいる

セカンドライフについての解説はあちこちでなされているので私がするまでもないでしょう。

面白いのは、この中で経済活動が行われていること。しかも、自分のキャラと男にも女にも、動物の顔にもすることができるので、つまり、二重にも三重にも人格が作れる。もちろん、問題もあるようです。セカンドライフの中には法律が無いので、稼いだお金が盗難にあったりということもあるようです。

まあやがてそんなことしているうちに、政治家も登場してきたりするのでしょうね。

それよりも!これって映画マトリックスの原始型なのでは?さすがに頭にプラグをつけて仮想社会に入るというようなことはまだ無いのでしょうけど、こちらが主体になってくると、私はそのうちにキーボードや、マウス、ディスプレイというのもなくなるのではないか?と考えるわけです。そうすると後世の考古学者は、これらマウスなどを発掘して使い方を探るのが仕事になったりする。

つまり、バーチャルの中でもまったく今リアルの世界で目にするものが見えるようになるわけです。コンピュータの操作は、キーを叩くことではなくて、極く普通の動作をバーチャル空間の中で行うことを指すようになる。

もちろん、そういう傾向に私も抵抗があるわけではありません。映画マトリックスはエンタテイメントの中に人の尊厳に関わるような重いテーマを秘めていて、ああなってはいけないわけです。しかし、セカンドライフ内で土地を購入すると、リンデンラボ社はサーバを一台、物理的に増やすそうです。マトリックスに出てくるあの機械も、いったい誰がお金を負担したのだ?という疑問がありましたが、そうやって増えていったのであれば合点がいきます(何でも大きな資本によってなされると思うこと自体が古いですね)。そう思うと決して心地のいいものではありません。

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とにかく設定が細かい メタボリックな細野 確かに、こんな格好して
檜町公園を歩いてます

しかしこれは人類が見つけた、あらたな開拓先。こうすると必ず出てくるのが「そんなのまだまだ・・・、有りえない」という否定の声。しかしこのように否定するのを信条としている人達は携帯電話もインターネットもちょっと前まではSFの世界であったことを忘れています。

世界の経済学者が今は数百年に一度の大きな変化だという意味はこういう所にあるのかと。いずれは人はリアルでの行き方とバーチャルでの生き方と両方求められるようになります。既に始まっているバーチャル空間での企業活動もとても重要なものになってきます。

バーチャルな世界ですから、その姿が本当なのかどうか?も分からないし、一人で二役も三役を演じているかもしれず、そういう中でのマーケティングとはどうなるのか?人口という概念も変わってくるでしょうし。物理世論とバーチャル世論なんていうのも出てくるかもしれない。でも、数が多ければそれなりの影響力は出てきます。

大切なのは、こうした変化を否定するのではなく、何しろこうした動きは止められないのですから、きちんと受け止めて、人類として戦略を描いていくことなのではないか?と思うわけです。

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2007-05-27

司法改革、裁判員制度--法廷もプレゼンテーションの時代に??

裁判員制度の始まりとともに、司法改革は着々と進められているけれども、被告の服装について、拘置中の被告はそれまでラフな格好しか許されなかったのがきちんとした格好が許されるようになるらしい。これは被告がイメージの悪さで不利益を被るのを防ぐというもので日弁連が申し出たもの。(毎日新聞)

とは言っても、自殺、犯罪防止のため、ネクタイやベルトは外せないものにするらしい。しかし女性の被告には化粧を認めるべきなどの意見も出ているとのこと。

日本も最近では法廷の様子がドラマになるようにはなってきたけど、アメリカほどドラマチックにはならないのは、元々裁判自体が正義を追求する場だから。アメリカの場合は、司法取引なんてのがあるくらいだから、裁判は試合みたいなもの で、裁判長はレフェリーみたいな役割になる。また、よく知られているように陪審員制度があるので、法律の素人である陪審員の心象を悪くするようなことは避けなければならない。

NHKでも放送されたAlly MacBeal(邦題アリー・My・ラブ)はアメリカの裁判制度を垣間見ることができる。ハーバード大学卒の弁護士、Ally MacBeal(Calista Flockhart)が弁護士事務所に就職して恋愛やら法廷での活躍を描く話。主人公アリーの弁護士という資格をもちながらもひとりの女性として持っている可愛さもよく描かれているが、まるで会社のような弁護士事務所(最近の日本も弁護士法人というのが出来たけど)、裁判長に対してではなく、陪審員に対して語りかける場面、まさに企業のプレゼンテーションと何ら変わらない。司法取引の場面は商取引のようだ。結果がよければいいじゃないか、というプラグマティックな思考を見てとれる。

もちろん、日本の法廷はそこまでは考えてはいないだろうけど、きちんとした格好をしなければ被告が不利益を被るという考え方が理解されること自体、日本人の正義の在り方、価値観が大きく変わろうとしているのではないだろうか?

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2007-05-25

組合活動の不思議、ネットとメディアでレスポンスを獲ってはどうか?

雨の中、永田町付近をデモ行進している人達がいた。いつも思うのだけど、あれ、いったい、何の効果があるんだろう?しかも、なんかやる気なさそうだし。ハンガーストライキもしている人達がいて、この人達はもう少し真剣なんだろうけど、本当に死ぬまで食べないのか?どれもこれも平和な光景なのでそれはそれでいいでしょう。

ところで、デモ行進って本当かどうか知らないけど、日当が出るらしいね。大体は当番制みたくなっていて、参加者の8割くらいは嫌々出るらしい。今日みたいに雨の中、寒いときもあるし、暑い時だってある。

社会党(今の社民党)が第二政党だった頃は、組合運動というのは活発で、私も子供のころ、ストライキ順法闘争というあの独特の文字で書かれた紙が汚く貼られていたのを思い出す。でもその頃から実はたいして変わりはなく、真剣に組合活動に賛同していた人なんて極く一部だったそうだ。昔も今も、デモ行進なんて参加したくない人がほとんどらしい。そして、組合員からすると、組合費を払っているのだから、ちゃんと仕事しろ!という気持ちもあるらしい。

経営的視点からすると、会社が潰れてしまっては元も子も無い、だからベア(熊じゃない、ベースアップ)を抑えることに同意するというのも正しい。でも職場環境をよくしたり、対決するのではなく、会社の活動を助けるためのものであるのなら支持されるでしょう。

それでだ、これは余計なおせっかいかもしれないけど、本当に組合員のことを思って賃上げ やら、憲法改悪反対社会保険庁民営化反対を唱えるのなら、あんな誰が見ているのか分からない、しかもうるさくて環境の視点からも迷惑この上ないデモ行進などやめて、新聞や雑誌、あるいはネットに意見広告でも出してはどうか?デモ行進だってお金がかかるわけだし、自己満足のイベントやってどうするのだろう?外に向かって問いかけないで、自分達の主張が支持されると思っているのだろうか?

ただ○○反対!では何故反対なのか?まったく伝わらない。知識を持った国民は思っている以上に考えている、というのが私の意見。政治に無関心であっても極めて冷静な判断をする。だから、主張する以上は反対があたり前という前提に立つのではなく、何故反対なのか?を示す必要がある。特にネットはそうした主張をするのには最適なメディアだ。しかし元々左翼を源流にする彼らからするとこうした方法は抵抗があるのかもしれない。しかし今や企業の広告だってパフォーマンスが求められる時代。そして経営側も消費者の、しかも、世界一品質に煩いと言われるこの日本の消費者相手に市場で戦っているのだ!

そうするといずれ、組合員の中での消費者運動もおきるのではないか?

少なくても、意見広告を出して、レスポンスが獲っていけば、自分達の主張が支持されているのか?実はまったく的を外しているのか?実感できるはずだ。つまり、元々庶民の味方であったはずのこうした左翼的活動も消費者の評価を受ける時代なのだ。

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2007-04-08

投票してきて---潔癖すぎるのも問題ではないのか?

先ほど都知事選の投票をしてきました。

私はある意味選挙おたく(っていうほどのものではないですが)みたいなところがあって、昔の都知事選は面白かったです。今回は少しそういう雰囲気が復活してきたようにも思えます。

私が誰に投票をしたのかは別にして、ちょっと最近の潔癖さを主張するのには私は疑問を感じます。石原氏の三男の問題、四男の問題などありますが、ちゃんと財政は改善していますし、公約を見ても、東京ならではものが多い。対して浅野氏は情報公開など訴えていますが、しかしそれが公約の目玉になるのは寂しい感じもしますね。私は自分が落語が好きだから言うわけではありませんが、もう一期待って、東京の街並みを歩くなり、住むなりといった経験があった方が良かったのでは?とも思います。それだけ、東京は奥深い。

私は石原氏の主張する東京オリンピックには懐疑的でした。何も今さら・・・という気も。それに、単純に12年は長いような気もします。しかしHPで政策を比較する限り、今の東京に必要なことが惜しげもなく並べられています。東京から日本を動かす ということについては、首相になれなかったあてつけのように揶揄する声もありましたが、しかし今度は東京再起宣言東京ならではの政策が多い。オリンピックについては実はあれは都市と緑の共生という壮大な実験でもあり、エコ技術が優れている日本の首都に相応しい政策とも言えます。

対する他の候補者は、まあ東京でなくても言えることじゃん。っていうのが感想でした。

情報公開福祉も大切です。浅野氏高齢化社会対策を訴えていますように、都内は若者の街であるかのように思われていますが、都バス都電になると老人がとても多い ことが分かります。でもそれは東京に限ったことではありません。(ただ、浅野氏について言えば、「1年以内にやります」、「2年以内にやります」と期限を示しているのは斬新ですね)

その前に東京が夕張のようになってはならないわけで、そういうバランスを欠いていると「政策が無いよう」にも見えます。共通して、産業政策が弱い ですね。

特に共産党推薦候補にいたっては美濃部都政を再来させるかのようというか、あれでは学生の作文。この巨大都市東京を経営するという感覚がまるで無い人を、どうしてマスコミがあそこまで主要4候補のように扱うのかも疑問です。

潔癖さは大事だけど、それを第一の政策にするのはちょっとやりすぎではないか?とも思う分けです。

私は前にもこのブログで田沼意次の話をしました。

 「白河の清きに魚も住みかねて もとの濁りの田沼恋しき」とは質素倹約でならした松平定信(白河とは白河藩主だったことの意味)の政治よりも、賄賂政治といわれた田沼意次の時代の方が良かったというものです。

TBSのサンジャポが同じ人から4回インタビューをとって、それも事前に取材をする時間を聴いていたとか。確かにTBSの不二家の話は企業の存続に関わる問題ですから、慎重にすべきですが、サンジャポはある意味おふざけ番組。それくらいのこと許してはいいのではないか?おふざけが嫌いならば見なければいい わけです。

かつて私のいた小学校は、進歩的な考え方をする先生達が多くて、「今日いいことをした人、悪いことをした人」を帰り際のホームルームの時間で指摘し合ってたんです。確かに潔癖にはなるのですが、段々糾弾会のようになっていくわけです。人の揚げ足をとりあうような嫌な社会になっていく。だからソ連は潰れたわけで、中国の文化大革命然り、古代アテネの陶片追放然り(実際にはただ追放されるだけどそれ程厳しいものではなかったらしい)、潔癖すぎるというのも度を越すと国を滅ぼしかねないわけです。

じゃあどこからどこまでが許されて、どこからどこまでが許されないのか?

これも難しい所なのですが、石原氏四男の問題なんて、確かに指摘をすべきことですが、それで十分で、6兆6千億にも及ぶ東京の莫大な財政規模からすると小さな問題です。政策論争のネタの主題にするのは、自ら政策が無いことを宣言しているようなもの。

開票まで後3時間です。

普段なら選挙が大好きな私は選挙特番を必ず見るのですが、今年は3月からテレビを見ない月間をいう生活実験*をやっておりますので、今日は見ません。

今この時点では誰がなるのか分かりませんけど。

テレビを見ない生活実験:についてはこちら↓

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